その2からの続きである。
夕方になり、高山駅付近に送ってもらうことになる。途中でYさんに「もしまだ時間があるのなら、うちも見ていきませんか?」と聞かれた。「えっ!あの伝説のY邸が見られるの?」と興奮し、「是非お願いします!」と即答する。
「あの伝説」について説明しよう。我々を担当してくれているYさんは建築士で、御自宅は移築した古民家。骨組みや電気工事等はプロに任せたが、あとはセルフビルド。当初は毎日がキャンプ状態の中、奥さんと喧嘩しながら土壁の下地となる竹小舞を編んだりしたという。
また、各所にいろいろなこだわりというか遊び心がちりばめられているというウワサで、そこにはHOTとCOLDで回す方向が異なる、金ぴかで舶来の水栓や、3つの異なる薪ストーブ(子供には新型のテレビだと教えていたらしい)、水谷さん作の手洗鉢、そして洗面所にはTOTOの病院用流しなどが配置されているという。
しかも、その壮大すぎるプロジェクトゆえ、着工から9年(だったかな)たった現在でも未完成のままで、あのスペインの巨匠アントニオ・ガウディの未完の代表作になぞらえ、高山のサグラダ・ファミリア(聖家族教会)と呼ばれている(我が家では)。
国道から脇道にそれ、細くなった道を上ると、Yさんの住む通称「たかたか村」についた。すっかり日が暮れてしまったが、昼間で、晴れていれば、山が美しくすばらしい景色とのこと。庭先では犬がしっぽを振って歓迎してくれた。
突然の我々の訪問に奥さんもちょっと驚きつつも親切に迎えてくれ、お子さんらも「だれ~?誰が来たの~?」と大騒ぎして走り回ったり、Yさんに抱きついてみたり。Yさんは子供らを相手におだやかなお父さんの顔になる。本当なら家族水入らずで夕御飯という時間だったはずなのにごめんね。
暗くて外観はよく分からないが、飛騨の田舎でよく見られる古民家の風貌。明治のはじめの建物で、130年近くたっているそうだ。玄関から入ると土間があり、そこから広大な居間に上がる。柱も梁も太くて真っ黒。梁の上には大きなシーカヤックが乗っている。ペンダント式の蛍光灯には手作りのシェードがかけてあって楽しい。
「うちには個室はないんですよ」とYさんが言うとおり、居間の南側には勉強机が2つ向かい合わせで置いてある。壁には古い手回し式の電話がかかっている。「子供の頃から古いものが好きだでした」というYさんのことばを思い出す。
トイレ、洗面所等「伝説」のあれこれを紹介していただいたが、別に未完成と言う感じはしない。そのあたりを聞いてみると「例えばここの壁なんか、下地材が張ってあるだけで、未だ壁が塗ってないんですよ」
最後に案内されたのが、Yさんの家具工房。土間になっていて、一歩踏み込んだ瞬間、その規模と設備に驚く。工房には、何種類ものかんなやその他の工具、電動工具が置かれ、いろんな種類の材が置いてある。昼間車の中でウクレレを作っている話をしていたが、その試作品?がいくつも積んである。
実はYさんは建築士という顔のほかに、飛騨の若手家具職人という別の顔を持っている。今日の昼間訪問した「みずたに」さんの喫茶店にある、ゆるやかな曲線を描いた、大きくユニークな形のテーブルは、Yさんの作品だったし、鏡も一目でYさんのお手製と分かるものだった。
でも普段私たちにとっては担当者さんであり、設計士さん。9割方家の話をしているので家具職人さんという顔を見る機会は少なかった。この日いくつもの作品と、この立派な工房を拝見して、Yさんがここに立ち作業している姿を思い浮かべ、今さらながら「ああ。やはり家具職人さんなんだ」と実感させられた。
このおうちで育ったこの子達はどんなふうに育つのだろう。
現代の家のように断熱性が高いといった機能性は無いけれども、四季を感じ、薪ストーブで火のあたたかさや怖さを知り、家の中で走りまわり、庭先ではしりまわり、犬と遊び、雪でも遊ぶ。
きっと今後も健康で、少々の挫折に負けることのない、強くたくましい子に育っていくにちがいない。
おとうさんが早く単身赴任から帰ってくるといいね。
この旅は久しぶりの旅で楽しかったし、いろんなことを考えさせられた旅だった。最後に書いたのはその一部にすぎない。時間があればまたここで書こうと思う。
最後になりましたが、長い時間運転し、貴重な時間を使って、私たちをいろいろなところに案内してくれたYさんありがとう。ほんとに楽しかったです。
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