2008年1月 6日 (日)

門松としめ縄

久しぶりに明治村に行った。

「日本各地の門松・しめ縄めぐり」という企画をやっていた。
その土地特有の門松やしめ縄を、村内の建物に飾るというものである。

明治村のリーフレットによると、門松は歳神様を迷いなく迎えるための目印という。
また、しめ縄は、地鎮祭の時のように縄を家の周囲に張り巡らせるのが本来の形で、現代のような点的な「しめ飾り」になったのは明治以降という。

Saionji
↑ これが本来のしめ縄?

しめ縄など、どこも同じと思っていたが、なかなか地方性があり面白い。
東松家住宅に飾られた門松としめ飾りは、名古屋らしく?かなり派手。
宇治山田郵便局のは、御伊勢さんのお膝元らしく、太く重厚感がある化粧回しのようなしめ飾り。
京都七條巡査派出所で警官に扮していた係員さんは、京都のしめ飾りの特徴と作り方についていろいろ教えてくれた。
この企画、今月31日までやっているので近隣にお住まいの方は是非ご覧あれ。

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↑ 東松家住宅

Police_3
↑ 京都七條巡査派出所

Rohan
↑ 幸田露伴住宅「蝸牛庵」

ちなみに我が家は、玄関廻りにしめ縄を固定する場所が無く、というか釘等を打ちたくなかったので、今年はミニチュア門松にした。
でもいろいろなしめ縄を見て、昔ながらの和のしめ縄もよいな~と思った。

さて来年はどうしようか。
鬼が大笑いしそうだ。

Mykado
↑ 我が家のミニ門松

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2007年9月24日 (月)

武相荘(ぶあいそう)へ行く

白洲次郎という人を今まで知らなかった。
東京の観光情報を調べていたところ、旧白洲邸武相荘というのがたまたま引っかかってきたのだ。
武相荘と書き、「ぶあいそう」と読む。「無愛想」にかけてあるらしい。

ホームページを見ると、昔ばなしに出てきそうな茅葺きの屋根。
その雰囲気に惹かれ、少し都心から離れているものの行ってみることにした。

新幹線に乗る前に本屋に立ち寄り、文庫本を2冊購入する。
1冊は白洲次郎について書かれた「風の男 白洲次郎」そしてもう1冊は文人である妻が書いた「白洲正子自伝」。

「風の男 白洲次郎」は新幹線で完読出来た。
そして知ったのは、次郎が実業家であり、吉田茂のブレーン的な存在であったこと。
また、誰に対しても自分の意見をはっきり言い、信念を曲げることがなく、ぶっきらぼうだが、実は他人に非常に優しいといった人間味あふれる性格であったこと。

武相荘の周囲は、すっかり都市化が進んでいるが、この一角は、雑木林が残っていた。
その中に気品漂う茅葺き屋根の建物があった。
この建物は昭和17年に、戦火を逃れるために次郎がぼろぼろの農家を購入して修理し、翌年からほとんど自給自足の生活を始めたという。
海外経験が長かった次郎は、太平洋戦争開戦前から、日本は戦争に負け、東京が焼け野原になると予想していたわけだ。

Buaiso

茅葺き屋根の外観からはちょっと想像がつかないが、農家だった頃の土間にタイルが敷き詰められ、洋風のリビングとなっている。そこには次郎手作りの電気スタンドや、洋の家具、和の小物や器が並んでいる。
100年以上たって黒光りした柱に、漆喰の白い壁がはえる。

妻:和の家には洋のものは似合わないという先入観があったけれど、そうではないんだねえ。勉強になった。
ヒロシ:昔の人は特に洋のものを取り込むのがうまかったんだな。和に合う洋をうまく取り込んでいた。明治頃の洋館なんか見てると特にそう思う。
妻:明治村なんか参考になるかもね。

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↑ 第2展示場の下の物置 
  奥にシラスとくりぬかれた木箱が見える
  木工や竹細工も好きだったようだ

和室に入ると着物などとともに、和食器が多く展示してある。そこに並んでいる多くが黄瀬戸や麦藁手、織部といった瀬戸産であると知ると、瀬戸市出身で和食器好きの妻はたいそう喜んだ。
ショップでも品の良い古食器や小物を販売しており楽しめる。

正子の書斎に入る。掘り炬燵状の座卓の前にある窓には小さな格子の障子がはめてあり、いかにも文人の書斎といった雰囲気。
背後にある書棚にはすごい量の本が。ざっと見渡すと、南方熊楠、折口信夫、小林秀雄など。

Kingyo

都内でこのような時間の流れがゆるい場所があるとは思わなかった。
また違う季節に訪れてみたい。
その前に「白洲正子自伝」を読まなければ・・・。

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2007年9月19日 (水)

吉村順三記念ギャラリーに行く

久々に上京した。
先ず行ったのは目白にある吉村順三記念ギャラリー
かつては吉村氏の事務所だったこのギャラリーでは、企画展「山中湖の家」が開催されていた。

山中湖畔に建つこの別荘は、グラフィックデザイナー亀倉雄策さんのためにたてられたもの。
緩い片流れの屋根に、湖を見渡すことが出来るリビングと巨大デッキ。
自然の風景をいかに取り込むか考えつくされた建物である。
劣悪な敷地条件にいかに建物を納めるかで担当者さんを悩ませた我が家とはだいぶ違う。
同じ仕事をするならば前者の方がよほど楽しいだろうに。

「模型や図面を見せられても我々素人には具体的にイメージ出来ないなぁ・・・」と思っていたら、別のお客さんが「実物を見たい」とリクエストしていた。
「一応連絡先をお聞きしておきますが、個人の所有なので期待しないでください」との回答だった。店舗や公共施設ならばいつでも見られるが、住宅というのはそうはいかないからムツカシイ。

ギャラリーでは今後も軽井沢の別荘等の企画展を続けるという。
目白の高級住宅街の中にあるので、高級住宅ウォッチングをしながら行ってみては。

Yoshimura

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2007年8月 2日 (木)

2つの藤森作品を見る

週末を利用して静岡県方面へ二つの美術館を巡ってきた。
作品を見るために出かけたのはもちろんだが、今回訪れた美術館はいずれも藤森照信さんの設計したものであり、それらを見ることも兼ねている。

藤森照信さんは建築家でかつ東京大学の教授であるが、彼がつくる遊び心がある建物は、建築に関して素人てある私たちも十分に楽しませてくれる。自邸の外壁や屋根にたんぽぽを植栽したタンポポ・ハウスもそのひとつだ(実物を見たことはないが)。

今回先ず訪れたのは掛川市にあるねむの木こども美術館。ここは宮城まり子さんが運営するねむの木学園をはじめとした諸施設が集まるねむの木村の一角にある。今年春にオープンしたばかりの新しい施設だ。

外観はドングリをイメージしたドームがある白く可愛らしい建物で、宮崎駿のアニメに出てきそうな雰囲気だ。扉は日本の伝統的な大工道具であるチョウナで波状に削り上げられていて、その波間に現れる年輪の独特の模様もいい。外壁には入園者が書いたふんわりとした植物の絵が書いてある。

Nemu_art_2

↑↓ ねむの木こども美術館

Fuku

建物の中に入ると漆喰であろう塗壁で、やはり白を基調にした明るい感じ。ドングリ部分に当たるメインの展示室は、高い天井と壁の境が解らぬよう、ドーム状に仕上げてあってまるで澄みきった空のように何処までも続く感じである。絵の作者であるこどもたちの純真さと建物がマッチしている感じだ。

なお、藤森作品ではないものの、村内にある吉行淳之介文学館も凛とした和の雰囲気を持つ建築であるのでせっかく訪れたなら是非立ち寄りたい。

Photo

↑ 吉行淳之介文学館

次に行ったのは、浜松市(旧天竜市)の秋野不矩美術館である。秋野不矩さんは日本画家で、特に晩年インドをモチーフにした絵を精力的に描かれていた。残念なことに美術館が出来て間もない平成13年に亡くなられた。

Akinofuku

↑ 秋野不矩美術館

高台にあるこの美術館を訪れたのは二度目になるが、初めて見たとき「これは城だな」と思った。板と土でできたそれは、日本の城ではなく無国籍な雰囲気の城で、これも宮崎アニメにありそう。中に入ると壁の多くがやはり漆喰で仕上げてあり、黒い柱とのコントラストがよい。靴を脱いで展示室に入る。天竜杉だろうか、足ざわりが心地よい。

Cyouna

↑ ここでもやはりチョウナで削った扉が・・・

2階に登る階段に向かう。階段周りのコンクリート打ちっぱなしの仕上げは、場違いな感じがするが、良く見るとコンクリートの表面に木目が見える。型枠に杉板を使っているのだ。さりげなく細かなところに気遣いがある。大人の建物と言う感じである。

ブログの趣旨から離れるので展示作品について語るのはやめておくが、どちらも私にとっては魅力的な作品ばかり。この2つの美術館は同時に行きやすいので、リンクなどを見て興味を持った方は是非訪れてみたらいかがだろうか。

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2007年2月21日 (水)

高山のまちを歩く ~高山旅行記番外編~

先日の旅行記の番外編。
観光に徹した2日目を、写真中心にまとめてみよう。

Omise

↑駅から宮川に向かう途中で

Kawagishi

↑宮川沿い

Asaichi

↑朝市

Geta

↑トイレに飾ると病気しないと言う下駄を買う

Uchimizu_1

↑そば屋のおじさんが打ち水していた

Machinami

↑喫茶店2Fから、通りを見下ろす

Rosoku

↑ローソク屋さん

Furoya

↑是非入ってみたかった。よく見ると、瓦にも「ゆ」の文字が。

このほか、高山陣屋桜山八幡宮屋台会館、市政記念館など定番を回った。
屋台会館のチケットで入れる桜山日光館へは、「何で日光?」と思いつつ、何の気なく入ったが、なかなか凄い!楽しめる。是非東照宮にも行きたくなった。
宮地家、吉島家住宅がお休みだったのは残念だった。

現在8つの造り酒屋が順番に酒蔵を公開している(3月末まで)。
スケジュールや場所は高山市観光課HPや駅前の観光案内所でわかる。
もちろん試飲も出来、試飲に使った利き猪口がもらえる。

私たちが行ったときは舩坂酒造という蔵が当番。
妻に「試飲もさせてもらっちゃって、手ぶらでは帰れないヨ」と言い訳し、吟醸の生酒を購入してにっこりしたのであった。

Hidanosake

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2007年2月18日 (日)

高山の聖家族教会?~高山旅行記その3~

その2からの続きである。

夕方になり、高山駅付近に送ってもらうことになる。途中でYさんに「もしまだ時間があるのなら、うちも見ていきませんか?」と聞かれた。「えっ!あの伝説のY邸が見られるの?」と興奮し、「是非お願いします!」と即答する。

「あの伝説」について説明しよう。我々を担当してくれているYさんは建築士で、御自宅は移築した古民家。骨組みや電気工事等はプロに任せたが、あとはセルフビルド。当初は毎日がキャンプ状態の中、奥さんと喧嘩しながら土壁の下地となる竹小舞を編んだりしたという。

また、各所にいろいろなこだわりというか遊び心がちりばめられているというウワサで、そこにはHOTとCOLDで回す方向が異なる、金ぴかで舶来の水栓や、3つの異なる薪ストーブ(子供には新型のテレビだと教えていたらしい)、水谷さん作の手洗鉢、そして洗面所にはTOTOの病院用流しなどが配置されているという。

しかも、その壮大すぎるプロジェクトゆえ、着工から9年(だったかな)たった現在でも未完成のままで、あのスペインの巨匠アントニオ・ガウディの未完の代表作になぞらえ、高山のサグラダ・ファミリア(聖家族教会)と呼ばれている(我が家では)。

国道から脇道にそれ、細くなった道を上ると、Yさんの住む通称「たかたか村」についた。すっかり日が暮れてしまったが、昼間で、晴れていれば、山が美しくすばらしい景色とのこと。庭先では犬がしっぽを振って歓迎してくれた。

突然の我々の訪問に奥さんもちょっと驚きつつも親切に迎えてくれ、お子さんらも「だれ~?誰が来たの~?」と大騒ぎして走り回ったり、Yさんに抱きついてみたり。Yさんは子供らを相手におだやかなお父さんの顔になる。本当なら家族水入らずで夕御飯という時間だったはずなのにごめんね。

暗くて外観はよく分からないが、飛騨の田舎でよく見られる古民家の風貌。明治のはじめの建物で、130年近くたっているそうだ。玄関から入ると土間があり、そこから広大な居間に上がる。柱も梁も太くて真っ黒。梁の上には大きなシーカヤックが乗っている。ペンダント式の蛍光灯には手作りのシェードがかけてあって楽しい。

「うちには個室はないんですよ」とYさんが言うとおり、居間の南側には勉強机が2つ向かい合わせで置いてある。壁には古い手回し式の電話がかかっている。「子供の頃から古いものが好きだでした」というYさんのことばを思い出す。

トイレ、洗面所等「伝説」のあれこれを紹介していただいたが、別に未完成と言う感じはしない。そのあたりを聞いてみると「例えばここの壁なんか、下地材が張ってあるだけで、未だ壁が塗ってないんですよ」

最後に案内されたのが、Yさんの家具工房。土間になっていて、一歩踏み込んだ瞬間、その規模と設備に驚く。工房には、何種類ものかんなやその他の工具、電動工具が置かれ、いろんな種類の材が置いてある。昼間車の中でウクレレを作っている話をしていたが、その試作品?がいくつも積んである。

実はYさんは建築士という顔のほかに、飛騨の若手家具職人という別の顔を持っている。今日の昼間訪問した「みずたに」さんの喫茶店にある、ゆるやかな曲線を描いた、大きくユニークな形のテーブルは、Yさんの作品だったし、鏡も一目でYさんのお手製と分かるものだった。

でも普段私たちにとっては担当者さんであり、設計士さん。9割方家の話をしているので家具職人さんという顔を見る機会は少なかった。この日いくつもの作品と、この立派な工房を拝見して、Yさんがここに立ち作業している姿を思い浮かべ、今さらながら「ああ。やはり家具職人さんなんだ」と実感させられた。

このおうちで育ったこの子達はどんなふうに育つのだろう。
現代の家のように断熱性が高いといった機能性は無いけれども、四季を感じ、薪ストーブで火のあたたかさや怖さを知り、家の中で走りまわり、庭先ではしりまわり、犬と遊び、雪でも遊ぶ。
きっと今後も健康で、少々の挫折に負けることのない、強くたくましい子に育っていくにちがいない。
おとうさんが早く単身赴任から帰ってくるといいね。

この旅は久しぶりの旅で楽しかったし、いろんなことを考えさせられた旅だった。最後に書いたのはその一部にすぎない。時間があればまたここで書こうと思う。

最後になりましたが、長い時間運転し、貴重な時間を使って、私たちをいろいろなところに案内してくれたYさんありがとう。ほんとに楽しかったです。

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2007年2月17日 (土)

陶器の手洗鉢を求めて~高山旅行記その2~

先回の続きである。

棟梁のお宅を出て、奥飛騨に向かう。
次第に雪深くなり、周囲の山々は真っ白に。そして道路にもところどころ雪がある状態になった頃陶ギャラリーみずたにさんに到着した。
陶芸家ご本人の水谷靖さんは風邪をひいて寝込まれているとのことで、残念ながらお目にかかることは出来なかった。

Mizutani

その代わりと言っては失礼だが、奥様が案内をしてくれた。 奥様とYさんの会話を聞いているとたいへん親しい様子。聞けば、10年近く前にYさんが飛騨に来て以来、家族ぐるみでのおつきあいしているそうだ。

奥様は上品でかつ、大変気さくな方で、二階にある今では休業中の喫茶店で、おいしいコーヒーと手作りのお菓子を出していただき、私たちにいろいろな話をしてくれた。昨シーズンの豪雪に伴う落雪で、窓ガラスが3枚も割れた話や、今シーズン熊が多く出没した話。薪ストーブの灰と釉薬の話、窯の話など。

窓の外には白い山々が見える。静かで音がない銀世界。時の流れ方が違う。カラスが2羽、木にとまったり、雪上に下りたりして遊んでいる。

肝心なやきものの話をしよう。手洗鉢は直径30センチくらいで、明るい色がいい。そんな観点で選んだところ、最終候補に残ったのは肉厚な織部調のものと、薄手で純白のトンボの柄のものという全く異なる2種類。最終的に織部にしたのは、主に母が使うことになるため、個性が強いトンボ柄よりも、無難なデザインが良いと思ったのから。また、肉厚で丈夫そうでもある。写真を撮り忘れたのが残念だ。完成時の写真をご期待。

妻が次に目を付けたのは、電球の笠。先ほどのトンボ柄と同じシリーズで、笠の内側にトンボ。外側には渦巻模様。電球を点灯すると、彫り込んである渦巻き部分から外側に光が漏れ、模様がはっきり見える。結局妻がたいそう気に入り、玄関用にお買い上げ。そのほかすてきな器がギャラリーに並んでいたが、今日は笠を買ったので、次に来たときにとっておこう。

またまた長くなってしまった。記事の続きも次にとっておこう。 ~つづく~

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2007年2月16日 (金)

陶器の手洗鉢を求めて~高山旅行記その1~

先回約束の高山旅行記である。

事の発端は、担当者Yさんに「1Fトイレのことですが・・・。Yさんおすすめの手洗鉢を選びに飛騨まで行こうと思っています」と言ったこと。
「それなら僕が案内しますよ。飛騨と言っても奥飛騨で雪深いところですので。家に帰る口実にもなりますし」と言ってくれた。

ありがたいお言葉に甘えて見に行くことに。私の車のスタッドレスはたいそう古く不安なので久々の電車の旅になった。

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↑手洗鉢設置予定地

高山駅ではYさんがにこやかに迎えてくれた。
早速「ちょっと寄り道していきましょう」と期待を裏切らないお言葉。
連れていってもらったのが、飛騨産業株式会社という、飛騨では大手の家具メーカー。
大きなショールームの駐車場横には、以前Yさんから聞いていた建物が。その小さく縦長で、軒が深く片流れの屋根の建物は、Yさんや今我が家をお願いしている棟梁たちが、古民家を移築して建てたものでSEEDと言うらしい。
中はちょっとしたショールームになっている。上部と入り口付近はガラス張りで、天井が高く、小さいわりに明るく開放感がある。

Yさんに教えられるまで、全くその存在に気づかなかったのだが、入り口には木製の厚くて大きな扉が太いロープでつり下げられていて、まるでギロチンのよう。扉がはまっている両サイドの溝に、つっかえ棒がしてあり、これで扉の落下を防いでいるようだ。
「この棒がはずれたら・・・」一瞬恐怖を覚えたが、Yさんはそれを察してか、
「扉と同じくらいの重さのおもりがこちら(ロープの滑車をとおした反対側)についていますから、勢いよく落ちてくることは無いです」

ログハウスのログの代わりに、板を組んで壁をつくる、あぜくら造りという構造だそうだ。中から壁を見ると、ところどころ隙間から光が漏れている。そして、この建物のもう一つの特長は、屋根に草が植えてあることらしい。だが残念ながら冬真っ盛りなので、それは確認出来なかった。

SEEDを出て、大きなアウトレットのショールームを見る。私好みの木の質感を生かした家具が多い。手がこんでいる作品が多く、例えばテーブルの天板で、人の手が触れるあたりの塗装が自然にあせたようになっている。
Yさんは、死に節っぽい節がある机を指さして、「これまで使わなかった、こういう材を使ってみたところ、結構な人気がでたようです」
私は「子供の頃見たこういうのって、よく覚えているもんですよね」と答える。

圧縮スギを使用した家具も数多くあった。これらは本来のスギとは色艶が異なっていて、まるで別の樹種のよう。辺材から心材への色の変化もナチュラルで、通常白っぽい辺材が飴色になっているせいか、スギ特有の心材のうるささはない。
アウトレットだけあってお値打ちの価格になっているようだが、それでも私にとってはかなり高価だ。今は金も思考も家づくり(とブログの更新?)で精一杯。家が完成したら、また来てその空間に合う家具を考えよう。

次にYさんが連れていってくれたのは、棟梁の家。高山市のはずれで、町中からだいぶ離れた山村と農村の間くらいのところ。
さすが飛騨の棟梁の家!と言う感じで、立派でどっしりした真壁の家。
アポなしだったので、御不在だったのが残念だ。
「パチンコか、熊撃ちかもしれません」とYさん。

隣接する作業場をこっそり見せてもらう。次に造るらしい建物の太い柱がたくさん置いてある。うちの4寸角の柱の倍近い太さに圧倒される。
そのほか、スミを入れ、加工途中と思われる丸い梁?も発見。

「おっ!うちの家具の図面だ!」 2Fキッチンの家電収納の図面を見つけた。その下には家具の材料と思われる木が。そのほか我が家の板図も発見。我が家の柱や梁、家具の材料が確かにここで刻まれていたんだと実感して、なんだか感激した。

Kaguzumen

なかなか手洗鉢までたどり着かないが、次回につづく。手洗鉢を期待して読んだ人ごめんなさい。

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